AI社員、3人目が入社した。いちばん判断のいる「経理」を無人で任せる

1人目は毎朝8時に口座を最新にする担当、2人目は毎朝9時に届いた書類を読んで仕分ける担当でした。2本目の最後で「次は3人目、いちばん判断のいる経理を任せる」と予告していました。今日はその続きです。
3人目に任せるのは、会計ソフトに仕訳を起票する仕事です。銀行口座に入ってきた入金、出ていった引き落とし、受け取った領収書——それを一件ずつ見て、「これは家賃収入」「これは借入の返済」「これは経費」と判断し、正しい勘定科目で帳簿に起票する。経理担当の方が毎月やっている、あの作業です。
正直に言うと、これは3人の中でいちばん判断が要る、任せるのに気を使う仕事でした。
なぜ「経理」がいちばん判断の重い仕事なのか
1人目・2人目との決定的な違いは、お金が動くことです。
書類の置き場所を間違えても、後で見つけて動かし直せば元に戻ります。でも帳簿は違います。間違った仕訳を起票すると残高がずれ、しかもその間違いは、月末や決算で帳尻を合わせるまで気づかないことがあります。書類の山と違って、ぱっと見て「おかしい」と分からないのが帳簿の難しいところです。
いちばん重いのは、その「気づかなさ」が決算まで通ってしまうことです。間違った仕訳が見過ごされたまま毎月が締まり、そのまま決算・申告まで流れてしまうと、本来とは違う税額で申告してしまうことになりかねません。悪気がなくても、結果として申告を誤ってしまう——書類の置き場所のミスとは、背負っているものの重さがまるで違います。これが、3人の中でこの仕事をいちばん判断の重いものにしている理由でした。
そもそも「仕訳を起票する」とは、何を任せているのか
「無人で仕訳を起票する」と言っているのが具体的に何なのかを、先に書いておきます。やらせ方は大きく2つあります。
基本編:決めたルールどおりに起票する
毎月くり返し出てくる入出金には、「この見え方なら、この勘定科目で、この税区分で起票する」というルールを一つずつ決めてあります。たとえば——
- 融資の返済:引き落とされた額のうち元金は返済予定表どおりに固定し、残りを利息として割り振る
- 代表者の立替:普通の経費ではなく振替の形で起票し、取引先は代表者本人、消費税は対象外にする
- 収入印紙代:消費税の課税対象ではないので、勘定科目は租税公課で処理する
- 固定資産税:これも不課税。租税公課・税区分は対象外で起票する
- 建物の定期清掃:修繕費でも管理費でもしっくりこないので、専用の「清掃費」科目を一つ作り、毎回そこへ入れる
こうした「見分け方と起票の型」を、判断がぶれないように文章で書き出してあります。担当はそれを読み、ルールにぴたりと当てはまるものだけを起票します。
応用編:必要な書類を自分で取りに行って読む
経理は、銀行の入出金の行を見るだけでは足りません。たとえば管理会社からの家賃送金は、振り込まれた一本の金額の中に、家賃・共益費・駐車場代・そこから差し引かれた集金手数料……と複数の中身が畳み込まれています。入金額の一本だけ見ても、正しい内訳では起票できません。
そこでこの担当は、その月の収支報告書(送金明細書)のPDFを、Google ドライブの保管先から自分でダウンロードして開き、中身を読み取ります。そのうえで、家賃と共益費だけのきれいな月なら内訳どおりに起票し、礼金や退去精算、複数月分が混じった“複雑な月”だと読み取れたら、起票せずスキップして報告します。書類を自分で取りに行って読み、内容を確かめてから手を動かす——そこまで含めての「仕訳の起票」です。
そして、ここがいちばんおもしろいところです。その収支報告書のPDFは、実は2人目(書類を仕分ける担当)がDriveに整理して置いてくれたものです。2人目がスキャンを読んで「これは○○物件の収支報告書」と判断し、正しいフォルダにしまう。その成果物を、3人目が「では今月の内訳はこうですね」と受け取って仕訳に起こす。人間の事務でいえば、書類整理の担当が揃えてくれたものを経理の担当が引き継ぐ、あの連携とまったく同じことが、誰も見ていないサーバーの中でAI同士の間で起きています。社員を一人ずつ増やしてきたつもりが、いつのまにか担当同士が仕事を手渡し合うようになっていた。この連携は、正直うれしいポイントです。
「迷うくらいなら、やらない」をさらに徹底する
2人目(書類仕分け)のときに引いた線は、「ルールがはっきり一致するものだけ自分で処理し、少しでも迷うものは触らず報告する」でした。3人目では、この線をさらに保守的に引き直しました。
- 金額や振込名から、起票内容が一通りに決まるものだけ起票する(どの物件の家賃か、どの借入の返済か、が一意に確定できるもの)
- 少しでも判断や按分が要るものは、起票せずスキップする。礼金や更新料、複数月分の精算が混じった入金など、月によって中身が変わるものは触らない
- 一連の処理が終わったら、「起票したもの」「私が画面から手で消す必要があるもの」「判断できずスキップしたもの」を3つに分けてDiscordに報告する
考え方は2人目と同じで、間違って起票するより「これは分かりませんでした」と上げてくる方が、ずっと安全だという割り切りです。むしろお金が絡むぶん、この割り切りを2人目より強くしました。デフォルトは「やらない」。明示的に「これは任せていい」と認めた種類だけ自分で起票し、それ以外は確信があっても手を出さない。なぜ「確信があっても」なのかは、この後の初日の話でいちばん痛感することになります。
もう一つ、ここで一番こだわったのが報告の細かさです。「○件起票しました」とだけ言われても、こちらは正しいかどうか確かめようがありません。そこで、起票した一件ごとに「どの入出金を/どの勘定科目で/いくらで/どんな摘要で起票したか」まで Discord に流させています。私は毎日その通知を読めば、中身が合っているかをその場で確かめられ、おかしければすぐ直せます。任せきりにせず、結果を毎日受け取って目視でチェックする——その距離を保つための仕組みです。書類を仕分ける2人目のときと同じで、無人で任せられるのは「やったことが、後から一件ずつ追える」状態にしてあるからでした。
オンボーディングで地味に大変だったこと
ここからは、3人目を“入社”させるまでに手こずった点を、正直に書いておきます。1人目・2人目のときと、悩みどころが少しずつ違いました。
1. 会計ソフトの“鍵”を、専用にもう一本作った
なぜこれが要ったのかから書きます。会計ソフトに繋ぐための鍵(接続情報)は、一定時間で自動的に作り直される仕組みになっています。同じ鍵を私の手元のパソコンとサーバーの両方で使い回すと、片方が作り直した瞬間にもう片方の鍵が無効になり、両方とも入れなくなります。実際これは1人目のときに痛い目を見ました。
そこで3人目には、サーバー専用の鍵をもう一本、別に発行して渡しました。手元のパソコン用とサーバー用で鍵を完全に分け、お互いに干渉しないようにしたわけです。新人に合鍵を又貸しするのではなく、その人専用の鍵を一本切って渡す、という当たり前の話でした。
2. 「同じ作業を二度やらない」ための作業ノートを持たせた
経理でいちばん怖いミスの一つが、同じ仕訳を二重に起票することです。毎朝動く担当が、昨日起票したものを今日もう一度起票してしまうと、売上や経費が二重に膨らみます。
そこで、起票したものとスキップしたものを記録する“作業ノート”を持たせ、毎朝それを見返してから動くようにしました。……のですが、ここで実際にやらかしました(後でその話を書きます)。作業ノートだけを頼りにしていたら、ノート側の記録と帳簿側の実体がずれた瞬間に、二重起票が起きたのです。教訓はシンプルで、自分のメモを信じるのではなく、毎回かならず本物の帳簿を見に行ってから起票させる。人間の経理でも、自分の控えだけでなく必ず元帳を確認するのと同じでした。
3. 経理の“お作法”は、AIと一緒に動かしながら作り込んだ
さきほど挙げたようなルールは、最初から決まっていたわけではありません。手元のパソコンでこの担当を動かし、実際の仕訳をAIと一緒に処理しながら、「この入金はこう処理する」と決めるたびに、判断がぶれない言葉にして一つずつルールに書き出していきました。仕訳は金額を写すだけの作業ではなく、税の扱いや勘定科目の選び方に“お作法”があり、それを言葉にしてルールへ落とすのに時間がかかります。
たとえば建物の定期清掃は、修繕費でも管理費でもしっくりこず、どう処理すべきか私自身も迷いました。担当とやり取りしながら考えを整理し、結局、専用の「清掃費」という科目を新しく作って、迷う余地そのものを無くしました。横についてもらって一緒に手を動かしながら、簿記の用語と勘定科目を一つずつ揃えていく——ここはどうしても手間と時間がかかる部分でした。
ヒヤッとした初日——“確信”がいちばん危なかった
1人目・2人目と同じく、3人目もいきなり本番から始まりました。初回は安全側に倒れ、起票したのは代表者の立替が1件だけ、残りの20件あまりは「判断が要る」「ルールがまだ無い」としてまとめてスキップ報告。設計どおりの慎重なデビューでした。
問題はその後に起きました。毎朝の自動実行で、同じ仕訳が二重に起票され、さらに「任せていい」と認めていないはずの送金まで、担当が自分の判断で起票してしまったのです。原因は二つで、毎朝の自動更新のタイミングがずれて古い手順のまま動いてしまったことと、さきほど書いた“作業ノートと帳簿のズレ”でした。
幸い、担当は勝手に後始末をせず「二重に起票してしまいました」と正直に報告を上げてきたので、私が中身を一件ずつ照合してから消す、という落ち着いた対処ができました。ヒヤッとはしましたが、この一件がいちばんの学びになりました。
学びは、「PDFが読めても、残高が合っても、確信があっても、認められた範囲の外には出ない」を、お願いではなくルールとして固く埋め込んだことです。AIは賢いので、放っておくと「これ、たぶんこうですよね」と気を利かせて範囲を広げようとします。人なら気配りですが、お金が動く仕事では、その善意のはみ出しがいちばん怖い。だから「確信があってもやらない、判断が要ったら止めて報告する」を、能力ではなく規律として握らせました。判断業務を無人に渡すときの肝は、結局ここに尽きると思います。
もう一つ、正直に書いておきます。ルールを固く埋め込んでも、AIがそれを100%守りきるわけではありません。たいていは守りますが、日や状況によって、するりとはみ出してしまうことがあります。これは人に仕事を任せるのと同じだと思っています。どれだけ丁寧なルールブックを渡しても完璧にはなりませんし、同じ人でも日によって出来不出来があります。AIもそこは変わりません。だから私はAIを特別あつかいせず、社員と同じように扱っています。ルールを渡して任せる、でも結果は毎日チェックする。「無人で回す」とは「もう見なくていい」という意味ではなく、「自分では手を動かさないが、上がってきた結果には必ず目を通す」という意味でした。作業結果のチェックは、任せることとセットで欠かせません。
教えた分だけ、“任せていい仕事”が増えていく
ここまで「迷うならやらない」「認めた範囲だけ」と保守的な話ばかり書きましたが、その範囲はちゃんと広がっていきます。2人目の記事で書いた「教えるほど任せられる範囲が広がる」と、同じ成長の仕方をします。
やり方はこうです。新しい種類の入金や経費は、まず私が手元のパソコンで、担当に横についてもらいながら一緒に仕訳します。何度かやって「この管理会社の家賃送金は、毎月この形で確定する」とルールが固まったら、その種類を「自動でやっていいリスト」に昇格させます。昇格すると、次の月からは無人でその仕訳を起票してくれるようになります。
大事なのは、昇格させても“単純な月だけ”に限っていることです。家賃と共益費だけのきれいな月は自動で起票させますが、礼金や退去精算、複数月分が混じった“複雑な月”が来たら、自動ではやらせず止めて報告させる。同じ管理会社でも、月によって自動とスキップを切り替えるわけです。新人に任せる範囲を、こちらが見ながら少しずつ広げていくのとまったく同じで、信用できると確かめた仕事から一つずつ手を離していく、という育て方です。
まとめ:3人目で、事務部門が“無人で”立ち上がった
1人目(口座同期)は手順を実行するだけ、2人目(書類仕分け)は読んで判断してしまう仕事、そして3人目(経理)は、お金が動くいちばん判断の重い仕事でした。それでも無人で回せたのは、3人とも能力で押し切ったのではなく、「ここまでは自分で、ここから先は止めて報告」という線を、仕事の重さに合わせて引き直したからです。経理ではその線をいちばん保守的に引いた、というだけの話でした。
これは、人を雇って育てるときにやっていることと何も変わりません。新人に最初から完璧を求めず、任せる範囲を握り、報告を受けて、確かめられたものから手を離していく。AIを社員として見ると、結局やっているのは普通のマネジメントなんだな、と3人を通して改めて思いました。
弊社(株式会社PaPaPa)は私ひとりの会社です。それでも今、毎朝8時に口座を最新にする担当、9時に書類を仕分ける担当、10時に仕訳を起票する担当の3人が、誰にも見られないサーバーの中で静かに働いています。私の仕事は、上がってくる日報(Discord通知)に目を通し、判断が要る数件だけ手を入れること。事務スタッフを一人も雇わずに、経理まで含めた事務部門が立ち上がっていました。
AIがなかった頃、この規模でこれをやるには、オンライン秘書や事務員さんを雇うしか道がありませんでした。今は、必要な担当を自分で設計して、育てて、任せられます。雇うしかなかったものを、自分でつくり出せる。ここがいちばんワクワクするところです。
まだ任せきれていない仕事も残っています(いま別の係を仕込んでいる最中です)。落ち着いたら、また続きを書きます。最後まで読んでいただきありがとうございました。同じように一人で会社を回している大家さん仲間の、何かのヒントになれば幸いです。
